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額田王「熟田津に」,大和歌曲 「万葉集」より, Man’yo-shu, Nukatano-Okimi

大和歌曲 「万葉集」より, 額田王, 「熱田津に」Man'yo-shu, Nukatano-Okimi

「熟田津に」額田王

熟田津に 船乗りせむと 月待てば
潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな
忘れえぬ 御幸のこの地に
船のかがり火 今は燃え
月も照らす 海の御行
もやい解く船の ざわめき
彼方の国へ 友を助けむと
はるかなる海路 いざ進まん
熟田津に 機は満つ
わが船よ
今こそ 漕ぎ出でな

[解説] この歌は、飛鳥時代660年、新羅から攻撃を受け、滅亡の危機にあった百済の国を助けようと、斉明天皇が援軍を連れて自ら出陣し、愛媛県の道後温泉の近くの港で出港を待っている際に、天皇の代わりに額田王が読んだものです。出陣前の覚悟と戦勝への祈りを胸に、兵士たちを鼓舞するため、力強く歌われています。斉明天皇は還暦を過ぎた女性天皇で、当時、病を患っていました。夫の舒明天皇と行幸(旅行)した幸せな思い出の地であるこの熟田津で、百済出兵を待つのはどのような思いだったのでしょう。
漆黒の夜空に輝く月と、その月明かりを映す海、たくさんの篝火の中で出港の準備をする兵士たちのざわめき。遠い百済の国へ戦いに赴く緊張感と、勝利して無事に帰ってくることをひたすら祈る天皇の姿を、力強くリズミカルなメロディで表現しました。歌の最後では、額田王の凛とした声が、「熟田津に機は満つ 我が船よ 今こそ漕ぎ出でな」と、勝利を確信するように夜の海に響きわたります。古代の日本では、言葉は「言霊」であり、確信をもって言葉にすると、必ず叶うと信じられていました。

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