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柿本人麻呂「東の野に」,大和歌曲 「万葉集」より, Man’yo-shu, Kakinomotonohitomaro

大和歌曲 「万葉集」より 柿本人麻呂, 「東の野に」 Man'yo-shu, Kakinomotonohitomaro

「東の野に」       柿本人麻呂

東の野に 炎の立つ見えて
かえり見すれば 月傾きぬ

冬の寒空 枯れた狩場の宿
懐かしい人なく 眠れぬ夜を越え
凍てつくすすき野原で 東の果ての空
あけぼのの光 赤く燃え
暗い夜を打ち払う
昇り来る日の神
天を照らし 地を照らす
振り返れば西の空
沈みゆく白い月
あまねくこの世を照らす 日の皇子
悠久のめぐみとやすらぎ
新しい時代のはじまり
豊かなるこの国よ

[解説] 飛鳥時代692年、持統天皇が、孫であり次の天皇である軽皇子を伴って狩りに出かけた際、同行した柿本人麻呂が詠んだ歌です。12月の寒空の下、奈良県阿騎野の狩場で天皇一行は一夜を過ごします。かつて草壁皇子とともにこの地を訪れたことを思い出し、その皇子が早逝して今はもうこの世にいない現実に、それぞれが思うこともあったでしょう。同時に草壁皇子の息子である軽皇子が、将来の天皇として圧倒的な存在感を見せたのかもしれません。
「東の野原が昇ってくる太陽の光で赤く見え、振り返ってみると西の空には月が沈もうとしている」
これは太陽と月が同時に空にある光景を詠んだ、壮大なスケールの歌です。一見、自然の情景歌のように見えますが、沈もうとする月を、天皇になれずに亡くなった草壁皇子、昇りくる太陽をこれから立派に世の中を治めようとする、その息子の軽皇子になぞらえ、新しい時代の到来を感じさせるとともに、生と死を表現しています。「かえり見」は東西の両側だけでなく、過去と未来の両側を見ることも意味しています。柿本人麻呂は、皇女との結婚を持統天皇に許してもらうため、情景から暗示する形で軽皇子を絶賛しました。

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